名古屋地方裁判所 平成2年(ワ)390号 判決 1994年7月08日
原告
浅井正
右訴訟代理人弁護士
大脇保彦
同
藏冨恒彦
同
戸田裕三
同
後藤脩治
同
三木浩太郎
被告
国
右代表者法務大臣
三ケ月章
右指定代理人
大圖玲子
外一名
被告
甲野太郎
同
愛知県
右代表者知事
鈴木礼治
右指定代理人
矢黒憲昭
外一三名
被告
乙川一郎
右両名訴訟代理人弁護士
伊東富士丸
同
山口裕之
同
河上幸生
同
葛西栄二
主文
一 被告国は、原告に対し、金三万円及びこれに対する昭和六一年一〇月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告の被告国に対するその余の請求並びに被告愛知県、被告甲野太郎及び被告乙川一郎に対する請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用中、原告と被告国との間に生じたものは、これを八分し、その一を被告国の負担とし、その余を原告の負担とし、原告と被告愛知県、被告甲野太郎及び被告乙川一郎との間に生じたものは、全部原告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。但し、被告国が金二万円の担保を供したときは、右仮執行を免れることができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告国及び被告愛知県は、連帯して、原告に対し、金二五万円及びこれに対する昭和六一年一〇月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告甲野太郎及び被告乙川一郎は、連帯して、原告に対し、金一〇万円及びこれに対する昭和六一年一〇月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告らの負担とする。
4 仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する被告らの答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 仮執行の宣言を付する場合には担保を条件とする仮執行免脱の宣言
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 当事者
(一) 原告は、名古屋市東区東外堀町<番地略>に事務所を有する名古屋弁護士会所属の弁護士であり、被疑者X(以下「X」という。)の後記被疑事件の弁護人であった。
(二) 被告国は、昭和六一年一〇月当時、被告甲野太郎(以下「被告甲野」又は「甲野検事」という。)を名古屋地方検察庁検事として使用し、公権力の行使に当たらせ、被告甲野は、同庁検事として、後記被疑事件の捜査に係る職務等に当たっていた。
(三) 被告愛知県(以下「被告県」という。)は、昭和六一年一〇月当時、被告乙川一郎(以下「被告乙川」又は「乙川警部」という。)を愛知県熱田警察署(以下「熱田署」という。)刑事課長警部として使用し、公権力の行使に当たらせ、被告乙川は、同署所属の警部として、後記被疑事件の捜査に係る職務等に当たっていた。
2 事実経過
(一) 本件被疑事件の内容
Xに対しては、株式会社ノリタケカンパニーリミテドの総会屋対策に絡んで、株主の権利行使に関して財産上の利益を受けたという商法四九七条二項違反の容疑があり(この容疑による被疑事件を、以下「本件被疑事件」という。)、昭和六一年一〇月当時(以下、年の記載を省略したものは同年を、年月日の記載を省略したものは同年同月七日をそれぞれ指す。)、既に同人に対する逮捕状が発布されていた。
(二) 本件接見妨害前の経緯
原告は、一〇月初め、Xから本件被疑事件の弁護の依頼を受け、同月二日、Xとともに熱田署に出頭し、Xは、本件被疑事件で逮捕され、同署留置場に留置された。
翌日、原告は、熱田署に対し、弁護人選任届を提出した。
Xは、引き続いて、同年四日、代用監獄である熱田署に勾留された。
原告は、後記本件接見妨害に先立ち、Xと、一〇月三日に熱田署において一五分間、翌日に名古屋地方裁判所において二〇分間の接見をした。
(三) 接見の拒否
(1) 原告は、一〇月七日午前一一時五〇分ころ、熱田署警務課留置管理係留置管理室(以下「留置管理室」という。)に赴き、Xに対する即時の接見を申し入れた。たまたま留置管理係が不在であったため、同署の一号取調室でXの取調べを行っていた熱田署刑事課捜査第二係巡査部長丙沢春夫(以下「丙沢巡査部長」という。)が応対し、原告に対し、「お昼には調べが終わりますから。」と述べたので、原告は、「まあ、昼でいいですわ。」と答えて、留置管理室で待つこととし、丙沢巡査部長は退室した。
(2) 正午になって、丙沢巡査部長は、留置管理室に戻り、原告に対し、「先生、調べが終わりましたので接見してください。」と言って接見室に案内しようとしたが、本件については一般的指定がなされているので、念のため担当検事に電話するということで、留置管理室から甲野検事に電話をかけた。丙沢巡査部長は、甲野検事と電話でのやりとりをした後、原告に対し、「先生、検事さんが、指定書がなければ会わせられないと申されるので、電話を代わってもらえませんか。」と述べた。そこで原告は電話を代わり、甲野検事に対し経過を説明した上、既に丙沢巡査部長が接見指定をしているので、改めて検察官の指定を受ける必要はなく、取調べも一段落しているので指定の要件がない旨主張した。これに対し、甲野検事は、あくまで接見指定書の受け取り及び持参を要求し、結局原告と甲野検事との電話での話し合いは平行線のまま終了し、原告はそのまま留置管理室に留まった。
(3) Xは、正午には一号取調室における午前中の取調べを終了して留置場に戻っており、当日は、午後一時から引き続き取調べが予定されていたものの、面通し、引当て等の予定はなかった。
(4) 原告と甲野検事の電話の最中に、岐阜弁護士会所属の近藤之彦弁護士(以下「近藤弁護士」という。)が留置管理室を訪れ、同じころ同室に戻った熱田署留置管理係長丁山秋夫警部補(以下「丁山係長」という。)の案内で、接見室において自ら受任にかかる他の被疑者との接見を開始した。
(四) 接見の中止
原告は、電話終了後も留置管理室に留まっていたところ、午後〇時一五分ころ、近藤弁護士が接見を終え、接見室から留置管理室に戻ってきた直後、丁山係長が、原告に対して「先生、会っていかれますか。」と声をかけたので、原告はこれに応じて午後〇時二〇分ころから、接見室でXとの接見を開始した。
ところが午後〇時三五分ころになって、丁山係長が、接見室の弁護人側出入口扉を開けて、「先生、すぐ接見を中止して出てほしい。指定書のないまま接見させることは絶対に許せないと検事さんに怒られた。」と言って接見を直ちに中止するよう求めたため、やむなく原告は、Xに事情を簡単に説明して接見室を出た。
(五) 接見指定書の持参の要求
接見室を出ると、原告は、そのまま愛知県警察本部刑事部捜査第四課戊田冬夫警部補(以下「戊田警部補」という。)及び丙沢巡査部長に熱田署刑事課の部屋に案内され、被告乙川から、甲野検事の伝言として、今後は必ず具体的指定書を持参して接見するようにとの強硬な申し入れを受けた。
原告は、これに対し、本件の場合、接見指定の要件がないのであるから、接見指定書を持参しない限り接見させないという甲野検事の指示は違法であり、右指定書の持参の有無にかかわらず、原告を接見させた熱田署の取扱が正当であると反論した。
(六) Xとの信頼関係への影響
Xは、その後、検察官や警察官の心証を害することを恐れて、原告に対し、衝突を起こさないように重ねて哀願するばかりであった。
3 違法性
(一) 接見交通権の意義
憲法三四条前段は、何人も、直ちに弁護人に依頼する権利を与えられなければ、抑留又は拘禁されない旨規定し、刑訴法三九条一項は、この趣旨に則り、身体の拘束を受けている被告人又は被疑者は、弁護人又は弁護人となろうとする者(以下「弁護人等」という。)と立会人なしに接見し、又は書類や物の授受をすることができる旨規定する。このように弁護人等が身体を拘束された被疑者等と自由に接見する権利、すなわち、接見交通権は、被疑者等にとって、弁護人の援助を受けるための刑事手続上最も重要な基本的権利に属するものであるとともに、弁護人等にとって、憲法及び刑訴法上保障された弁護活動の核心を支える重要な権利であり、その固有権の最も重要なものの一つである。
(二) 刑訴法三九条三項所定の「捜査のため必要があるとき」の解釈について
身体を拘束された被疑者の取調べについては、時間的制約があることから、弁護人等と被疑者との接見交通権と捜査の必要との調整を図るため、刑訴法三九条三項は、捜査機関が接見の日時、場所及び時間を指定することができる旨規定するが、前記のとおり、弁護人等の接見交通権が、憲法及び刑訴法上認められた重要な権利であり、最大限に保障されるべきことにかんがみれば、捜査機関のする接見の日時等の指定は、あくまで必要やむを得ない場合の例外的措置であって、これによって被疑者が防御の準備をする権利を不当に制限することは許されない(同項但書)。したがって、捜査機関は、弁護人等から接見の申出があったときは、原則として何時でも接見させなければならない。そして、同項所定の「捜査のため必要があるとき」とは、捜査機関が、現に被疑者を取調べ中であるとか、実況見分、検証等に立ち会わせる必要がある等捜査の中断による支障が顕著な場合に限定され、そのような場合にも、弁護人等と協議してできる限り速やかな接見のための日時等を指定し、被疑者が防御のため弁護人等と打合せることができるような措置をとるべきであると解される。
(三) 甲野検事及び丙沢巡査部長による接見拒否の違法性
原告が接見を申し入れた正午の時点で、Xは、午前中の取調べを終えて在監中であり、午後の取調べが午後一時から予定されているだけであったのであるから、「捜査の中断による支障が顕著な場合」ではなく、接見指定の要件は存在しなかった。
しかも、本件においては、接見を申し入れた原告に対し、既に丙沢巡査部長が「お昼には取調べが終わりますから。」と述べており、右発言は、取調べを現に行っている捜査官自身によってなされた、「取調べが終了する正午以降の接見はかまわない。」という趣旨の口頭による接見指定と評価できる。
すなわち、刑訴法三九条三項は、その文言上、司法警察職員にも接見指定をする権限を与えており、「捜査のために必要があるとき」の判断は、現に捜査を行っている捜査官がこれを最も適切になし得るところである。これに対して捜査の状況について把握していない検察官が右判断をするとなると、司法警察職員は、一旦取調べを中断し、わざわざ検察官の指示を受けるために連絡をとり、捜査の状況等を報告し、その判断を仰がなければならないなど、非常に煩雑な手続の履践を余儀なくされ、速やかな接見の実現は図られないのであって、接見交通権保障の趣旨に反する結果を招く。したがって、事件が検察官に送致された後も、現に司法警察職員が被疑者の取調べを行っている場合には、特段の事情がない限り、接見指定権は、現に取調べを行っている当該司法警察職員に専属し、検察官は、右権限を有しないと解すべきである。
このように本件では、丙沢巡査部長は、現にXの取調べを行っており、右接見指定権を有していたといえるのであるから、「お昼には調べが終わりますから。」という前記発言は、検察官の有しない接見指定権を、同人が前記のとおりの趣旨で行使したものと評価できるのであって、以後、甲野検事が改めて接見を指定することはできなかったというべきである。
以上のように、原告が甲野検事に即時の接見を申し入れた時点で、接見指定の要件は存在しなかったのであるから、甲野検事は、直ちに原告とXの接見を実現すべきであったのに、接見指定の要件があるとした上、原告に対し、接見指定書の受領・持参を要求して原告に直ちに接見させず、また丙沢巡査部長も、甲野検事の右意向に従って、「先生、検事さんが、指定書がなければ会わせられないと申されるので、電話を代わってもらえませんか。」等と述べて、原告を直ちに接見させなかったものであって、甲野検事及び丙沢巡査部長の右各行為は、刑訴法三九条一項に違反し、違法である。
(四) 甲野検事及び丁山係長による接見中止の違法性
本件では、前記のとおり接見指定の要件はなく、原告は既に熱田署に赴いていたのであるから、甲野検事は、原告に対し、接見指定権の行使をして、接見指定書の受領・持参を要求する権限はなかったのである。それにもかかわらず甲野検事は、午後〇時三五分ころ、原告が既にXとの接見を開始していたことについて、接見指定書を持参しない状態での接見は許されないとして、乙川警部を介して右接見の中止を丁山係長に指示したため、丁山係長は、原告の接見を中止させた。
甲野検事及び丁山係長の右各行為は、刑訴法三九条一項に違反し、違法である。
(五) 甲野検事及び乙川警部による接見指定書の受領及び持参要求の違法性
本件では、前記のとおり接見指定の要件はなかったのであるから、原告が接見指定書を持参しないまま接見したことは、何ら違法ではなかった。しかし、甲野検事は、原告に対し、今後は必ず接見指定書を持参して接見する旨申し入れるよう乙川警部に指示し、乙川警部は右指示に従って、原告に対し、右申し入れを行った。
甲野検事及び乙川警部の右各行為は、刑訴法三九条一項に違反し、違法である。
4 責任
(一) 前記3(三)記載の接見拒否に関する甲野検事及び丙沢巡査部長の過失
刑訴法三九条三項所定の「捜査のため必要があるとき」の解釈については、昭和五三年七月一〇日言い渡された杉山事件最高裁判決が、現に被疑者を取調中であるとか、実況見分、検証等に立ち会わせる必要がある等、捜査の中断による支障が顕著な場合に限るとするいわゆる限定説を採用し、その後の下級審判決も右説に従った判断を示しており、本件当時、右限定説は、確立した判例となっていた。したがって、検察官としては、限定説に従った処理をすべき義務があったのに、甲野検事は、右説によれば、接見指定の要件がないにもかかわらず、接見指定権を行使した上、原告に対し、接見指定書の受取・持参を要求したものであって、甲野検事及びその指示に従った丙沢巡査部長に過失があることは明らかである。
(二) 前記3(四)記載の接見の中止に関する甲野検事及び丁山係長の過失
前記のとおり、刑訴法三九条三項所定の「捜査のため必要があるとき」の解釈については、限定説が確立した判例となっており、本件当時、検察官としては当然、限定説に従った処理をすべき義務があった。そして右説によれば、接見指定の要件はなく、甲野検事には保障されるべき接見指定権はなかったのであるから、前記3(四)記載のとおり、原告が接見指定書のないまま接見したことをもって、接見指定権を侵害したとして、右接見を中止させた甲野検事及びその指示に従った丁山係長に過失があることは明らかである。
(三) 前記3(五)記載の接見指定書の受け取り・持参の要求に関する甲野検事及び乙川警部の過失
前記のとおり、刑訴法三九条三項所定の「捜査のため必要があるとき」の解釈については、限定説が確立した判例となっており、本件当時、検察官としては当然、限定説に従った処理をすべき義務があった。そして右説によれば、接見指定の要件はなく、右要件の存在を前提としその指定の方式の問題である接見指定書の受取・持参を要求することは違法であったにもかかわらず、前記3(五)記載のとおり、原告に対し、接見指定書の受領及び持参を要求した甲野検事及び甲野検事の右行為に加担し、またこれを幇助した乙川警部に過失があることは明らかである。
5 損害
前記3(三)ないし(五)記載の被告らの各不法行為により、原告は次のような精神的苦痛を被った。
(一) 接見の拒否について
原告は、甲野検事との不必要な電話交渉を余儀なくされ、電話交渉後も直ちに接見できず、近藤弁護士に接見が劣後することになり、現に接見を開始するまで一〇分間以上待機を余儀なくされた。
右精神的苦痛に対する慰謝料としては、金五万円が相当である。
(二) 接見の中止について
原告は、十分な弁護活動ができなかったばかりでなく、Xとの間の信頼関係に支障が生じた。
右精神的苦痛に対する慰謝料としては、金二〇万円が相当である。
(三) 接見指定書の受領及び持参の要求について
原告は、多くの警察官の前で、不当な申し入れを受け、弁護士としての弁護活動に対する尊厳を傷つけられた。
右精神的苦痛に対する慰謝料としては、金一〇万円が相当である。
6 よって、原告は、
(一) 甲野検事並びに丙沢巡査部長及び丁山係長がその公権力の行使である接見拒否及び接見中止を行い、これによって原告に損害を与えたことについて、被告国及び被告県に対し、国家賠償法一条一項、四条、民法七一九条一項前段に基づく損害賠償請求権に基づき、連帯して、金二五万円及びこれに対する不法行為の日である昭和六一年一〇月七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の、
(二) 被告甲野及び被告乙川が、原告に対して接見指定書の受領及び持参を要求するという職務権限外の行為をし、これによって原告に損害を与えたことについて、右両被告に対し、民法七〇九条、七一九条一項前段(又は二項)による損害賠償請求権に基づき、連帯して、金一〇万円及びこれに対する不法行為の日である昭和六一年一〇月七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の、
各支払を求める。
二 請求原因に対する被告らの認否
1 被告国
(一) 請求原因1の事実は認める。
(二)(1) 同2(一)の事実は認める。
(2) 同2(二)の事実のうち、原告が一〇月初めXから本件被疑事件の弁護の依頼を受けたことは不知、その余は認める。ただし原告が熱田署長に対して弁護人選任届を提出したのは一〇月四日である。
(3)イ 同2(三)(1)の事実のうち、一〇月七日午前一一時五〇分ころ、原告が熱田署留置管理室を訪れ、Xに対する即時の接見を申し入れたこと、留置管理係が不在で、Xの取調べを行っていた丙沢巡査部長が応対したこと、丙沢巡査部長が原告とやり取りした後、留置管理室を出たことは認め、その余は否認する。
ロ 同2(三)(2)の事実のうち、正午に丙沢巡査部長が留置管理室に戻り、原告と応対したこと、丙沢巡査部長が同室から甲野検事に電話をかけ、原告に受話器を渡したこと、その電話で原告が甲野検事に対し、接見指定の要件はないので直ちに接見させるよう主張したこと、電話終了後も原告が留置管理室に留まったことは認め、その余は否認する。
ハ 同2(三)(3)の事実は認める。
ニ 同2(三)(4)の事実のうち、近藤弁護士が留置管理室を訪れ、丁山係長の案内で接見室において自ら受任にかかる他の被疑者との接見を開始したことは認め、その余は否認する。
(4) 同2(四)の事実のうち、午後〇時一五分ころ、近藤弁護士が接見を終えて留置管理室に戻ったところで、丁山係長が原告に対し、「先生、会っていかれますか。」と声をかけ、原告がこれに応じて午後〇時二〇分ころから、Xと接見を開始したこと及び午後〇時三五分ころ、丁山係長が接見室に赴いて、原告に対し接見の中止を求め、原告が右求めに応じて接見室を出たことは認め、丁山係長が、原告に対して述べた内容については否認し、その余は知らない。
(5) 同2(五)の事実のうち、戊田警部、補と丙沢巡査部長が、接見室から出て来た原告を熱田署刑事課の部屋に案内し、乙川警部が、甲野検事の伝言として、今後は接見指定書を持参して接見するよう申し入れたことは認め、その余は否認する。
(6) 同2(六)の事実は知らない。
(三) 同3のうち、憲法及び刑訴法に主張のような規定があることは認め、主張は争う。
(四) 同4の主張はすべて争う。
(五) 同5の事実はすべて否認し、主張は争う。
2 被告甲野
(一) 請求原因1の事実は認める。
(二)(1) 同2(一)の事実は認める。
(2) 同2(二)の事実のうち、原告が一〇月初めXから本件被疑事件の弁護の依頼を受けたことは不知、その余は認める。ただし原告が熱田署長に対して弁護人選任届を提出したのは一〇月四日である。
(3)イ 同2(三)(1)の事実のうち、一〇月七日午前一一時五〇分ころ、原告が熱田署留置管理室を訪れ、Xに対する即時の接見を申し入れたこと、留置管理係が不在で、Xの取調べを行っていた丙沢巡査部長が応対したことは認め、その余は否認する。
ロ 同2(三)(2)の事実のうち、正午過ぎに、丙沢巡査部長が甲野検事に電話をかけ、原告に受話器を渡したこと、その電話で原告が甲野検事に対し、接見指定の要件はないので直ちに接見させるよう主張したことは認め、その余は否認する。
ハ 同2(三)(3)の事実は認める。
ニ 同2(三)(4)の事実のうち、近藤弁護士が留置管理室を訪れ、接見室で自らの受任にかかる他の被疑者との接見を開始したことは認め、その余は否認する。
(4) 同2(四)の事実のうち、丁山係長が接見室に赴いて、原告に対し接見の中止を求め、原告が右求めに応じて接見室を出たことは認め、丁山係長が、原告に対して述べた内容については否認し、その余は知らない。
(5) 同2(五)の事実のうち、戊田警部補と丙沢巡査部長が、接見室から出て来た原告を熱田署刑事課の部屋に案内し、乙川警部が、甲野検事の伝言として、今後は接見指定書を持参して接見するよう申し入れたことは認め、その余は否認する。
(6) 同2(六)の事実は知らない。
(三) 同3のうち、憲法及び刑訴法に主張のような規定があることは認め、主張は争う。
(四) 同4の主張はすべて争う。
(五) 同5の事実はすべて否認し、主張は争う。
3 被告愛知県及び被告乙川
(一)請求原因1の事実は認める。
(二)(1) 同2(一)の事実のうち、Xに商法四九七条二項違反の容疑があったことは認め、その余は知らない。
(2) 同2(二)の事実のうち、原告が一〇月初めXから本件被疑事件の弁護の依頼を受けたことは不知、その余は認める。ただし原告が熱田署長に対して弁護人選任届を提出したのは一〇月四日である。
(3)イ 同2(三)(1)の事実のうち、一〇月七日午前一一時五〇分ころ、原告が熱田署留置管理室を訪れ、Xに対する即時の接見を申し入れたこと、留置管理係が不在で、Xの取調べを行っていた丙沢巡査部長が応対したこと、丙沢巡査部長が原告とやり取りした後、留置管理室を出たことは認め、その余は否認する。
ロ 同2(三)(2)の事実のうち、正午に丙沢巡査部長が留置管理室に戻り原告と応対したこと、丙沢巡査部長が同室から甲野検事に電話をかけ、原告に受話器を渡したこと、その後、原告と甲野検事との間で電話でのやり取りがされたことは認め、原告と甲野検事の会話の内容は知らない。その余は否認する。
ハ 同2(三)(3)の事実は認める。
ニ 同2(三)(4)の事実のうち、近藤弁護士が留置管理室を訪れ、丁山係長の案内で接見室において自らの受任にかかる他の被疑者と接見を開始したことは認め、その余は否認する。
(4) 同2(四)の事実のうち、午後〇時一五分ころ、近藤弁護士が接見を終えて留置管理室に戻ったところで、丁山係長が原告に対し、「先生、会っていかれますか。」と声をかけ、原告がこれに応じて午後〇時二〇分ころから、Xと接見を開始したこと及び午後〇時三五分ころ、丁山係長が、接見室の弁護人側出入口扉を開けて、原告に対し接見の中止を求め、原告がこれに応じて接見室を出たことは認め、その余は否認する。
(5) 同2(五)の事実のうち、戊田警部及び丙沢巡査部長が、接見室から出て来た原告を刑事課の部屋に案内し、乙川警部が、甲野検事の伝言として、今後は接見指定書を持参して接見するよう申し入れたことは認め、その余は否認する。
(6) 同2(六)の事実は知らない。
(三) 同3のうち、憲法及び刑訴法に主張のような規定があることは認め、主張は争う。
(四) 同4の主張は争う。
(五) 同5の事実は否認する。
三 被告らの主張
1 被告国
(一) 原告の接見に至る経緯
(1) 本件被疑事件については、一〇月四日、検察官の請求に基づき、裁判所から接見禁止決定がなされ、甲野検事は、同日、刑訴法三九条三項に基づく接見指定をなすことが予想される事件として、その旨を通知する「接見等に関する指定書(通知)」(以下「接見に関する通知」という。)と題する書面の謄本を、監獄の長である熱田署長宛に送付していた。このような事件については、弁護人等から接見の申し入れがあると、担当検察官において接見指定の要件の存否等について検討判断する運用となっていた。
(2) 原告は、一〇月七日午前一一時五〇分ころ、検察庁等に対する何らの事前連絡もないまま、熱田署留置管理室に赴き、Xに対する即時の接見を申し入れ、Xの取調べの立会補助をしていた丙沢巡査部長が応対した。丙沢巡査部長は、Xが現在取調中であることを告げた上、「検察庁に寄ってきましたか。担当検事から指定書をもらってきていますか。」と尋ねたところ、原告は「検察庁には寄っていないが、行かなければなりませんか。指定書は持っていないけれど、いらないでしょう。」と答え、さらに、取調べはいつ終わるのかと尋ねたので、丙沢巡査部長は、「正午から食事になりますので、そのころには取調べは終わると思う。」と答えたところ、原告は、「それじゃ、零時から二〇分でいいから、ちょっと接見頼みますよ。」と述べた。本件当時、接見指定権限を有していなかった丙沢巡査部長は、「私には分からない。ちょっと検事や上司に聞いてくるので、しばらく待っていてください。」と答えて、熱田署三階の本件被疑事件の捜査本部に向かい、捜査主任官を補佐していた戊田警部補に、経過を報告した。戊田警部補は、報告を受けて、接見指定権を行使するか否か等について甲野検事の判断を仰ごうと、名古屋地検に電話をしたが、甲野検事は席を外していて連絡がとれず、立会事務官から検事を捜して連絡すると言われたので、戊田警部補はその旨丙沢巡査部長にも伝えた。
(3) 戊田警部補から前記報告を受けた丙沢巡査部長は、正午ころ、留置管理室に戻って原告に対し、「事務官が検事を捜して連絡するので、しばらく待ってください。」と告げたところ、原告は、「待たしておいていかんとは何事ですか。」などと言い、接見指定の要件はないから直ちにXと接見させるよう要求したので、丙沢巡査部長は、原告に接見指定権者である甲野検事と直接協議してもらおうと午前〇時三分過ぎころ、名古屋地検に電話をかけたところ、甲野検事はまだ席を外しており、立会事務官が応対したが、とりあえず原告に受話器を渡し、その後直ぐに立会事務官から電話を代わった甲野検事と原告との間で、午後〇時一〇分ころまで通話がなされた。電話では、原告が「Xの弁護人だが、熱田署に来ている。Xについては現在、午前中の取調べが終わって昼休中であるから、接見指定の要件はなく、直ちに接見したい。」と即時の接見を求めたのに対し、甲野検事は、接見指定の要件等を検討するため、「警察に捜査状況を聞くので、しばらく待ってほしい。折り返し捜査または留置の方に連絡する。」と答えた上、「当庁では、事務上の過誤防止の観点から御承知のとおり指定書によって接見日時等を指定する運用を行っているので、協力をお願いしたい。」と申し入れ、原告はこれを了解した。
(4) これに先立つ午後〇時三分ころ、岐阜弁護士会所属の近藤弁護士が、弁護を担当する被疑者と接見するために留置管理室を訪れた。その後まもなく、原告と甲野検事との間で前記電話による協議が始まり、ちょうどそのころ、留置管理室に戻った丁山係長の案内で、近藤弁護士は、午後〇時五分ころから接見室において接見を開始した。午後〇時一〇分ころ、原告と甲野検事との協議が終了したので、丙沢巡査部長がその結果を原告に尋ねると、「接見時間は、あなたか、捜査主任官に連絡してくるそうですよ。」と答えたので、丙沢巡査部長は、丁山係長が留置管理室に戻ったのを確認して、捜査本部に向かい、原告と丁山係長が留置管理室に残った。丁山係長は、丙沢巡査部長から何も報告を受けていなかったので、原告と甲野検事の電話による協議が成立し、原告は接見室が空くのをまっているものと誤信し、午後〇時一五分ころ、近藤弁護士が接見を終えて戻ってくると、原告に対し、「先生、会っていかれますか。」と言って接見室に案内しようとした。原告は、丁山係長が捜査機関の運用に反する取り扱いを行っていることを認識しながら、その誤信に乗じて、午後〇時二〇分ころから、接見室でXとの接見を開始した。
(5) 午後〇時一五分ころ、甲野検事から捜査本部に、Xに対する取調べの予定及び原告の従前の接見状況等について電話による照会があり、戊田警部補は、「午前中から取調べを行っており、現在は昼休中みであるが、引き続き午後も取調べの予定が入っている。」等と回答した。甲野検事は、午後一時から取調べが再開される予定であることを確認し、無制約に原告の接見を認めたのでは、午後の取調べに支障が生じるので調整の必要があり、接見指定の要件があると判断した。さらに、本件当時、接見指定については、例外的場合を除いて原則として指定書により行う運用がなされており、原告自身ではなく、その事務員に指定書の受領持参をしてもらう方法であれば、合理性を欠くものではないと判断したことから、そのような方法がとれないかどうか原告に確認し、それが不可能な場合には口頭指定することとし、接見時間については事務員が指定書を届ける時間も考慮して、午後一時から三時までの間の二〇分間を指定することとした。そして、本件当時、接見問題については、検察庁と弁護士会との意見が対立していたため、甲野検事は慎重な対応をする必要があると考え、名古屋地検刑事部長に経過等を報告してその指導を仰いだ上、午後〇時三〇分ころ、熱田署に電話をかけ、戊田警部補に対し、「本日午後一時から三時までの間の二〇分間接見指定することとしたいので、その旨を原告に伝えてほしい。原告の事務所は検察庁の近くにあるので、事務員にでも指定書を取りに来るよう原告に話し、もしそれが不都合というなら、原告に直接私に電話するよう伝えてほしい。」と告げた。
そこで、、戊田警部補と丙沢巡査部長が、甲野検事の意向を原告に伝えるため留置管理室に赴いたところ、既に午後〇時二〇分ころから原告とXの接見が開始されていることが判明し、戊田警部補らは、熱田署刑事課長乙川警部にその旨報告した。乙川警部は、丁山係長を自席に呼び事情を聴取したところ、同人は、「原告が、近藤弁護士の接見が終わるのを待っていたかのように、同弁護士が接見室から出て来ると、『接見します。』と言って席を立ったので、接見の協議は成立しているものと思って接見させた。」と説明したので、乙川警部は甲野検事に対し、午後〇時三五分ころ、電話で、丁山係長の説明のとおり、「留置管理担当者のミスで接見指定に関する連絡がある前の午後〇時二〇分ころから、原告をXと接見させてしまっている。」と報告した。
右報告を受けた甲野検事は、さきに電話で原告に対し、接見指定の要件等検討のため暫時待つよう申し入れたにもかかわらず、原告がこれを無視し、右事情を知らない丁山係長の過誤に乗じて接見したと認識するとともに、引き続き接見指定の要件は存在しており、原告の右行為は、検察官の接見指定権を妨害する不当な行為であり、指定権者として当然その中止を求めることができ、さらに、接見が開始されてから既に一五分以上を経過していたので、接見の中止を求めても実質的にも問題はないと判断して、乙川警部に対し、「既に接見させてしまった以上、そのことはやむを得ないが、既に一五分以上経過しているので、終わってもらうように。」と言って接見を終了させるように指示すると同時に、「原告に対しては、このような事務上の過誤防止の観点からも、あらかじめ私に連絡を取った上、事務員に当庁に指定書を取りに来させるなどして指定書を持参してほしいと伝言願いたい。」と述べた。
乙川警部は、丁山係長に対し、甲野検事の右意向を伝えるとともに、戊田警部補及び丙沢巡査部長に対し、原告を刑事課に案内するよう指示した。そこで、丁山係長は、午後〇時三五分ころ、留置管理室に赴き、接見室の弁護人側出入口扉をノックして開けたところ、原告は、「上司に叱られたか。」と言って自発的に接見を終了し、接見室から出て来た。
(6) そこで戊田警部補は原告に対し、「刑事課長が連絡したいことがあるので、こちらへどうぞ。」と言って、同警部と丙沢巡査部長が、原告を刑事課の乙川警部の前の応接ソファーに案内した。そこで、乙川警部は、原告に対し、、甲野検事の伝言として、「このような事務上の過誤防止のため、あらかじめ甲野検事に連絡を取った上、事務員に指定書を取りに来させて、指定書を持参してほしい。」と告げた。これに対し原告は、接見中止に対して抗議をすることも、更に接見を申し入れることもなく、午後一時前ころ、熱田署を出た。
(二) 刑訴法三九条三項所定の「捜査のため必要があるとき」の意義について
刑訴法三九条三項所定の「捜査のため必要があるとき」については、これを被疑者の身柄を現に利用して捜査を行っている場合に限定することは相当ではなく、当該事案の性格、内容及び背景、当該事案の真相を解明するために必要な捜査の手段、方法、真相解明の難易度、捜査の具体的進展状況、関係人の捜査機関に対する協力状況、弁護活動の態様等当該事案に係るすべての事情を総合的に判断した場合に、弁護人等と被疑者の接見が直ちに又は無制限に行われたとしたならば、捜査機関が現に実施し、又は今後実施することになる被疑者、参考人の取調べ、証拠物の捜査、押収等の捜査手段との関連で、迅速かつ適正に当該事案の真相を解明することが困難になるとき、すなわち、無制限な接見により事案の真相の解明を目的とする捜査の遂行に支障が生ずるおそれが顕著であると認められる場合であって、被疑者等を取調べている等現にその身柄を利用した捜査がなされている場合に限られず、間近い時に取調べ等をする確実な予定があって、弁護人等の必要とする接見等を認めたのでは、予定通り取調べ等が開始できなくなる場合も含むものと解すべきである。この点は、①刑訴法三九条三項が「取調べのため」とは規定せずに「捜査のため」と規定していること、②刑訴法三九条二項を受けた刑訴規則三〇条が裁判所に対し罪証隠滅等の防止のため弁護人等と被疑者等との接見について具体的指定権を与えていることとの対比からも、同法三九条三項による検察官の具体的指定の要件を捜査機関における被疑者の身柄の必要性のみに限定することは不合理であること、③刑訴法三九条三項は、時間の指定権も捜査官に与えているが、「捜査のため」との文言を被疑者の取調べ中などその身柄を現に必要とするときだけに限定すべきものとすると、たとえ後刻取調べの予定であっても接見時間の指定ができないこととなり、およそ「時間」の指定ということはありえないこととなるが、これは「時間」の指定を認めている刑訴法の明文に反することなどからも明らかである。
(三) 丙沢巡査部長の接見指定について
被疑事件が検察庁に送致された後は、捜査の統一の観点から、刑訴法三九条三項に基づく接見指定権は担当検察官に専属し、司法警察職員には右権限はないとするのが確立した捜査実務であり、丙沢巡査部長は、当然右捜査実務を熟知していたのであるから、「お昼には取調べが終わると思う。」という同人の発言は、単に取調べの終了予定時間を告知したものに過ぎず、これをもって接見指定があったとはいえない。
なお、正午になって丙沢巡査部長が原告に対し、「先生、取調べが終わりましたので接見してください。」と述べたことはない。
(四) 原告が即時の接見を申し入れた際の接見指定要件の存在について
Xは、原告が丙沢巡査部長に対して接見の申し入れをした時点では、午前中の取調べを受けていたが、原告が甲野検事に対して接見を申し入れた時点では、午前中の取調べが終わり在監中であった。しかし、Xに対する取調べは午後一時から再開される予定となっていたのであるから、原告が求める無制約の接見を認めること(原告は甲野検事に対し、接見希望時間を申し出ていない。)は右取調べの支障となることが予想された。そして、本件被疑事件は、多数の関係者の関与する組織的、計画的な事案であり、本件当時、未だXと供与側被疑者との供述の対比ができるまでには捜査は進んでおらず、Xの取調べを早急に行う必要があったものであり、以上のような事情は、間近い時に確実に予定された取調べの開始を遅らせ、捜査の遂行に支障が生じる顕著なおそれがある場合に該当する。したがって、右時点で、接見指定の要件が存在したことは明らかである。
(五) 接見指定書の持参を原告に求めたことの違法性について
原告と甲野検事が電話で直接協議した時点では、甲野検事においては、未だ、接見指定の要件等について検討判断に入る前の段階であったから、右時点で、原告に対し接見指定の要件があることを前提とする接見指定書の受領及び持参を要求したり、あるいは、接見指定書がなければ接見を認めないという趣旨の発言はしていない。甲野検事においては、「当庁では、事務上の過誤防止の観点からご承知のとおり指定書によって接見日時等を指定する運用を行っているので、協力をお願いしたい。」と述べて、接見指定書により接見指定を行う運用に対する協力を求めたに過ぎない。
そして、刑訴法は、接見指定の方式に関して何ら規定していないことから、接見指定の要件がある場合の接見指定の方法については、接見を指定する捜査機関の裁量に委ねられていると解されるところ、接見指定を書面で行うことは、その指定の内容を明確にする点で合理的な方法である。
さらに、本件当時、名古屋地検においては、接見指定は、弁護人等に対し、監獄への指定書の持参を求めることが不可能ないし著しい負担となる場合や、弁護人等において直ちに接見しなければならない緊急の必要性があるなど特段の事情がある場合を除き、検察官において接見指定書を作成し、その受領及び持参を求めて、検察庁庁舎等において弁護人等またはその事務員にこれを交付する運用がなされていた(右特段の事情がある場合には指定書の受領及び持参を求めることなく、電話によって接見指定をし、あるいは、指定書を監獄に別途の方法で送付するなど簡便な方法を取っていた)。なお接見指定にかかる一回あたりの接見時間は概ね一五分ないし二〇分程度が一般的であった。
本件においては、原告の事務所、検察庁及び熱田署の位置関係からして、原告に対し、接見指定書の受領及び持参を要求することは、原告に著しい負担を強いるものとはいえず、原告において直ちにXと接見しなければならない緊急の必要性があるなどの事情もなかった。
したがって、甲野検事において前記のとおり、接見指定書により接見指定を行う運用に対する協力を求めたことは、違法ではない。
(六) 甲野検事が原告に即時の接見を認めなかったことの違法性について
甲野検事が原告に即時の接見を認めなかったことについては、刑訴法三九条三項が、捜査機関に、「捜査のため必要があるときは」、身体の拘束を受けている被疑者の弁護人等との接見等に関する日時、場所及び時間を指定する権限、いわゆる接見指定権を付与している以上、本件においては、前記のとおり右権限を専属的に有している担当検察官において、右接見指定権行使の要件の存否及び接見指定の内容・方式などを検討するために必要な時間において、被疑者と弁護人等が接見できないことは、当然に刑訴法三九条三項の予定するところである。
そして、本件の丙沢巡査部長のように、接見指定権を有しない捜査官が弁護人等の接見の申し入れを受けた場合、右捜査官が接見指定権を有する担当検察官に連絡し、連絡を受けた検察官において接見指定の要件等を検討することとなるが、以上のような手続を経ることによって、結果的に弁護人等が待機することとなり、または、それだけ接見が遅れることがあったとしても、それが合理的な範囲にとどまる限り許容される。
本件では、甲野検事は、午後〇時三分過ぎに受けた電話で初めて原告の接見の申し入れを確認し、右電話の中で、原告に対し、Xの取調状況等について警察に確認するので待つよう申し入れ、原告の即時の接見を認めていないが、これは、前記手続を経るのに必要かつ合理的な範囲内で原告を待機させたに過ぎないものであり、違法ではない。
(七) 甲野検事による接見中止の違法性について
まず原告の接見は、接見指定権を有する甲野検事の接見指定権行使を妨害する不当な行為であったから、接見指定権を有する甲野検事がその中止を求めることは、接見指定権に内在する権能として当然認められるもので、何ら違法ではない。すなわち、前記のとおり、捜査機関においては、担当検察官が接見の申し入れについて連絡を受け、接見指定の要件等について検討判断するために必要な時間が、合理的な範囲内にとどまる限り、右時間内において弁護人等を待機させることは許容されているところ、本件においては、甲野検事が、午後〇時三分過ぎに、原告の接見申し入れを認識し、Xの取調状況等について確認し、検討判断の結果を熱田署に連絡した午後〇時三〇分ころまでの時間は、右合理的な範囲内にとどまるものであり、さらに、甲野検事において、原告に対し、「接見指定の要件等について検討して連絡する。」と告げていたのであるから、原告は、甲野検事が熱田署に連絡した午後〇時三〇分ころまでは、留置管理室で待機すべきであった。それにもかかわらず原告が、甲野検事において接見指定について検討中であることを認識しながら、甲野検事からの連絡を待たずに、丁山係長の誤信に乗じて、午後〇時二〇分ころから、Xとの接見を開始したことは、刑訴法三九条三項に基づく甲野検事の接見指定権を妨害する不当な行為である。したがって、甲野検事において、接見指定権者として右権限に内在する権能に基づいて右接見の中止を求めることは、当然に許容されるものであるというべきである。
第二に、本件においては、午後一時からという間近い時の確実な取調べの予定があり、原告に無制約の接見を認めることは、捜査に支障を来す事態となることから、接見指定の要件が存在し、甲野検事は、接見の中止を求めるという形で、右接見の指定を行ったものと解され、その指定自体適法なものと言える。そして接見指定権の行使にあたっては、接見交通権の実現との調和を図ることが必要不可欠なものであるが、本件においては、接見指定時間は通常一五分ないし二〇分程度であり、これで防御権を侵害することはないとして運用されており、原告も当初丙沢巡査部長に対して二〇分でいいからと接見希望時間を二〇分としていたのであるところ、原告に接見中止を求めた時点で既に原告は二〇分間の接見時間に見合う接見を行っており、原告の接見の申し入れは事実上その実現をみたものとして、これを中止することは、実質的にも問題はなかったといえる。
(八) 甲野検事による指定書持参の要求の違法性について
前記のとおり、本件においては接見指定の要件が存在しており、このような場合に、右指定を接見指定書によって行うことは、事務上の過誤防止等の観点から合理的なものであり、接見指定権を行使する検察官の裁量の範囲内にある。したがって、甲野検事が乙川警部を通じて、「事務上の過誤防止の観点からもあらかじめ連絡をとった上、事務員に当庁に指定書を取りに来させるなどして指定書を持参してほしい。」と接見指定書により指定する運用に協力を求めたことには、何ら違法な点はない。
(九) 国家賠償法一条一項にいう違法性の意義について
国家賠償法一条一項にいう違法性とは、「他人に損害を加えることが法の許容するところであるかどうかという見地からする行為規範性」であって、この行為規範性は処分ないし法的行為の効力発生要件とは性質を異にするものであり、国家賠償法上違法とされるためには、単に刑訴法三九条三項に違背するだけでは足りず、接見指定権の行使が著しく合理性を欠くことが明らかであること、換言すれば、通常の検察官であれば、当時の状況下における判断として何人も当該行為に出なかったであろうと認めるに足りる事情があることが必要であると解され、公務員の公務執行について、その指針となるべき関係法律の解釈が対立し、当該公務員がそれに従って公務を執行した解釈に相当の根拠が認められる場合には、その行為は行為規範に違反せず、したがって国家賠償法上違法とはならない。
右見解によれば、本件において違法行為と主張される甲野検事の各行為には、通常の検察官であれば、当時の状況下における判断として何人も当該行為に出なかったであろうと認めるに足りる事情はなく、したがって、甲野検事の各行為は、国家賠償法上違法とはいえない。
(一〇) 原告の損害について
原告が被疑者との接見を中断したことによって、被疑者との信頼関係に支障を来したとしても、それは、①原告がもともと検察庁の運用等に対する反発から甲野検事に事前に連絡することなく直接熱田署に赴き、②原告が甲野検事との電話での話し合いにおいても甲野検事と接見についての協議をするつもりもなく、③原告が甲野検事から暫時待つよう求められていながら、丁山係長の誤信に乗じて接見を開始した弁護人としての適切さを欠く行動に起因するものであり、いわば原告自らが招いたことであって、甲野検事が接見の中止を申し入れたことによって生じた損害ではない。
2 被告甲野
(一) 原告の接見に至る経緯について
(1) 原告は、一〇月七日午前一一時五〇分ころ、検察庁等に対する何らの事前連絡もないまま、熱田署留置管理室に赴き、Xに対する却時の接見を申し入れ、Xの取調べの立会補助をしていた丙沢巡査部長が応対し「正午には取調べは終わると思う。」と述べた。
そして丙沢巡査部長は、接見指定に関し権限を有していなかったので、接見指定権者である甲野検事と原告に協議してもらうこととして正午過ぎ、名古屋地検に電話をかけ、甲野検事と原告との間で協議が行われた。電話では原告が、「Xの弁護人だが、熱田署に来ている。Xは午前中の取調べが終わって昼休中であるので、接見指定の要件はなく、直ちに接見したい。」と即時の接見を求めた。これに対し甲野検事は、接見指定の要件等を検討するため、「警察に捜査状況を聞くので、しばらく待ってほしい。折り返し連絡する。」と答えた上、「当庁では、事務上の過誤防止の観点から御承知のとおり指定書によって接見日時等を指定する運用を行っているので、協力をお願いしたい。」と申し入れて、電話を切った。
(2) ところが原告は、接見に関する協議が成立していないので、甲野検事からの連絡を待つべきであったのに、「接見します。」と言って席を立ったので、丙沢巡査部長から何も報告を受けていなかった丁山係長は、原告と甲野検事との間で電話による協議が成立し、原告は接見室が空くのを待っていたものと誤信し、原告を接見室に案内し、午後〇時二〇分ころから、原告とXとの接見が開始された。
(3) 一方、甲野検事は、午後〇時一五分ころ、熱田署の本件被疑事件捜査本部に、Xに対する取調べの予定等について電話で照会したところ、戊田警部補から「午前中から取調べを行っており、現在は昼休み中であるが、引き続き午後も取調べの予定が入っている。」等との回答を得た。そこで甲野検事は、午後の取調べに先立ち、午後一時から三時までの間に二〇分間接見指定することとし、本件当時、接見指定については例外的場合を除いて原則として指定書により行う運用がなされていたので、右接見指定を指定書により行うこととして、午後〇時三〇分ころ、熱田署に電話をかけ、戊田警部補に対し、「本日午後一時から三時までの間の二〇分間接見指定することとしたいので、その旨を原告に伝えて欲しい。原告の事務所は、検察庁の近くにあるので、事務員にでも指定書を取りに来るように原告に話し、もしそれが不都合というなら、原告に直接私に電話するよう伝えて欲しい。」と告げた。
(4) ところが甲野検事は、乙川警部から午後〇時三七分ころ、電話で、留置管理担当者のミスで接見指定に関する連絡がある前の午前〇時二〇分ころから、原告をXと接見させてしまっているとの連絡を受け、初めて原告が甲野検事の接見指定によらずにXと接見を開始していたことを知るに至った。
甲野検事は、さきに電話で原告に対し、接見指定要件等の検討のため、暫時待つよう申し入れて原告の了解を得ていたにもかかわらず、原告がこれを無視し、事情を知らない丁山係長の過誤に乗じて接見した原告の行為は、信頼関係を基調とする法曹の中にあって、弁護人として誠に不当なものであるとともに、甲野検事の意思に反して接見を開始したもので、その接見指定権を妨害する違法なものであること、また、原告とXとの接見が開始されてから、既に甲野検事において指定しようとしていた二〇分間の接見に概ね見合う時間を経過していたので、接見の中止を求めても実質的に問題はないと判断した。そこで甲野検事は乙川警部に対し、「既に接見させてしまった以上、そのことはやむを得ないが、既に一五分以上経過しているので、終わってもらうように。」と言って、接見を終了させるように指示すると同時に、「原告に対しては、このような事務上の過誤防止の観点からも、あらかじめ私に連絡を取った上、事務員に当庁に指定書を取りに来させる等して指定書を持参して欲しいと伝言願いたい。」と述べた。
(二) 刑訴法三九条三項所定の「捜査のため必要があるとき」の意義について
刑訴法三九条三項所定の「捜査のため必要があるとき」とは、当該事件の内容、捜査の難易度、捜査の進展状況、弁護人等の弁護活動の態様等の諸般の事情を総合的に勘案し、弁護人等との接見によって、捜査機関が現に実施し、又は今後実施すべき捜査手段との関連で、事案の真相の解明を目的とする捜査の遂行に支障が生じる顕著なおそれのある場合をいうものと解するのが相当である。
(三) 丙沢巡査部長の接見指定について
被告国の主張(前記三1(三))と同旨。
(四) 接見指定書持参を原告に求めたことの違法性について
被告国の主張(前記三1(五))と同旨。
(五) 甲野検事が原告に即時の接見を認めなかったことの違法性について
被告国の主張(前記三1(六))と同旨。
(六) 甲野検事による接見中止の違法性について
甲野検事は、原告から接見の申し入れを受けた際、原告に対し、「接見指定の要件等について検討して連絡する。」と告げていたのであるから、原告は、甲野検事において接見指定について検討中であることを認識しながら、甲野検事からの連絡を待たずに、「接見します。」と言って丁山係長の誤信を誘い、その誤信に乗じて、午後〇時二〇分ころから、Xとの接見を開始したものである。このような接見は、刑訴法三九条三項に基づく甲野検事の接見指定権を妨害する不当な行為である。また原告は、接見中止を求められた時点で既に、甲野検事が指定しようとしていた二〇分間の接見時間に見合う接見を行っており、原告の接見の申し入れは事実上その実現をみたものとして、これを中止することは、実質的にも問題はなかったといえる。
したがって甲野検事が原告に対して接見中止を求めたことには、何ら違法な点はない。
(七) 甲野検事による指定書持参の要求の違法性について
被告国の主張(前記三1(八))と同旨。
(八) 国家賠償法一条一項にいう違法性の意義について
被告国の主張(前記三1(九))と同旨。
(九) 被告甲野の賠償責任について
甲野検事の各行為は、職務上適法相当なものであり、公権力の行使に当たる公務員の職務行為に基づく損害については、国または公共団体が賠償の責めに任じ、職務の執行に当たった公務員は行政機関としての地位においても、個人としても、被害者に対しその賠償責任を負わない。
3 被告県及び被告乙川
(一) 原告の接見に至る経緯について
(1) 本件被疑事件については、一〇月四日、裁判所から接見禁止決定がなされ、甲野検事は、同日、刑訴法三九条三項に基づく接見指定をなすことが予想される事件として、接見に関する通知の謄本を、監獄の長である熱田署長宛に送付していた。このような事件については、弁護人等から接見の申し入れがあると、担当検察官において接見指定の要件の存否等について検討判断する運用となっていた。
(2) 一〇月七日午前一一時五〇分ころ、検察庁等に対する何らの事前連絡もないまま、原告は熱田署留置管理室に赴き、Xに対する即時の接見を申し入れ、Xの取調べの立会補助をしていた丙沢巡査部長が応対した。丙沢巡査部長は、Xが現在取調中であることを告げた上、検察庁に寄ってきたか、担当検事から指定書をもらってきたかと尋ねたところ、原告は、「検察庁には寄っていない。指定書は持っていないけれど、いらないでしょう。」と答え、さらに、取調べはいつ終わるのかと尋ねたので、丙沢巡査部長は、「正午から食事になりますので、そのころには取調べは終わると思う。」と答えたところ、原告は、「それじゃ、零時から二〇分でいいから、ちょっと接見頼みますよ。」と述べた。本件当時、接見指定権限を有していなかった丙沢巡査部長は、「私には分からない。ちょっと検事や上司に聞いてくるので、しばらく待っていてください。」と答えて、熱田署三階の本件被疑事件の捜査本部に向かい、捜査主任官を補佐する立場にあった戊田警部補に、経過を報告した。戊田警部補は、報告を受けて、接見指定権を行使するか否か等について甲野検事の判断を仰ごうと、名古屋地検に電話をしたが、甲野検事は席を外していて連絡はつかなかったがその立会事務官が検事を捜して連絡すると述べたので、戊田警部補はその旨丙沢巡査部長にも伝えた。
(3) 前記報告を受けた丙沢巡査部長は、正午ころ留置管理室に戻り、原告に対し、検察事務官が検事を捜して連絡するので、しばらく待つよう伝えたところ、原告は、「待たせておいていかんとは何事ですか。」等と言って、接見指定の要件はないのだから直ちに接見させるよう要求したので、丙沢巡査部長は、原告に接見指定権者である甲野検事と直接協議してもらうこととして、午後〇時三分過ぎころ、名古屋地検に電話をしたところ、甲野検事はまだ席を外しており立会事務官が応対したが、とりあえず原告に受話器を渡し、その後直ぐに立会事務官から電話を代わった甲野検事と原告との間で、午後〇時一〇分ころまで通話がなされた。
(4) これに先立つ午後〇時三分ころ、岐阜弁護士会所属の近藤弁護士が、弁護を担当する被疑者と接見するために留置管理室を訪れた。その後まもなく、原告と甲野検事との間で前記電話による協議が始まり、ちょうどそのころ、留置管理室に戻った丁山係長の案内で、近藤弁護士は、午後〇時五分ころから接見室において接見を開始した。午後〇時一〇分ころ、原告と甲野検事との協議が終了したので、丙沢巡査部長がその結果を原告に尋ねると、「接見時間は、あなたか、捜査主任官に連絡してくるそうですよ。」と答えたので、丙沢巡査部長は、丁山係長が留置管理室に戻ったのを確認して、捜査本部に向かい、原告と丁山係長が留置管理室に残った。丁山係長は、丙沢巡査部長から何も報告を受けていなかったので、原告と甲野検事の電話による協議が成立し、原告は接見室が空くのを待っているものと誤信し、午後〇時一五分ころ、近藤弁護士が接見を終えて戻ってくると、原告に対し、「先生、会っていかれますか。」と言って接見室に案内しようとした。原告は、丁山係長が捜査機関の運用に反する取扱を行っていることを認識しながら、その誤信に乗じて、午後〇時二〇分ころから、接見室でXとの接見を開始した。
(5) 午後〇時一五分ころ、甲野検事から捜査本部に、Xに対する取調べの予定及び原告の従前の接見状況等について電話による照会があり、応対した戊田警部補は、「午前中から取調べを行っていたが、現在は昼休みをとっている。引き続き午後から取調べの予定はあるが、接見させることは差し支えない。」等と回答した。
その後、午後〇時三〇分ころ、再度甲野検事から、戊田警部補に電話があり、甲野検事は、「午後一時から午後三時までの間に二〇分間接見指定することとしたいので、その旨原告に伝えてほしい。原告の事務所は検察庁の近くにあるので、事務員を検察庁に来させるなどして指定書を取りに来るよう原告に話し、もし、それが不都合ならば、原告に直接私の方へ電話するよう伝えてほしい。」と指示したので、戊田警部補と丙沢巡査部長は、甲野検事の意向を原告に伝えるため留置管理室に向かった。留置管理室には丁山係長が一人いて、戊田警部補と丙沢巡査部長に対し、甲野検事が指定した接見時間を尋ねたので、丙沢巡査部長は、「まだ、接見協議は成立していない。原告はどこにいる。」と驚き、戊田警部補とともに、経緯を熱田署刑事課長である乙川警部に報告した。
乙川警部は、刑事課に丁山係長を呼んで、同人から詳しい事情を聴取しながら、右聴取した内容を甲野検事に電話で報告した。甲野検事は、「既に接見させてしまった以上、そのことはやむを得ないが、既に一五分間以上経過しているので、終わってもらうように。」と指示すると同時に、「原告に対しては、このような事務上の過誤防止の観点からも、あらかじめ私に連絡を取った上、事務員に当庁に指定書を取りに来させるなどして、指定書を持参してほしいと伝言願いたい。」と述べたので、乙川警部は、丁山係長に原告に接見を終えてもらうようにとの甲野検事の意向を伝え、戊田警部補と丙沢巡査部長には原告を刑事課まで案内するよう指示した。そこで、丁山係長は、午後〇時三五分ころ、接見室に向かい、弁護人側出入口扉を二回ノックし、原告が、「はい。」と返事をするのを確認して扉を開けると、原告が、「上の人に叱られた。かわいそうに。」と言いながら、自ら、持ち物を整理して接見室から出た。
(6) そこで戊田警部補らは原告を刑事課に案内し、同室の応接ソファーで乙川警部が原告に対し、甲野検事からの伝言として、今後は今回のような事務上の過誤防止の観点からも、あらかじめ検事に連絡を取った上、事務員に検察庁に指定書を取りに行かせるなどして、指定書を持参してほしい旨述べた。原告は、検事の伝言か否か確認した上、「よくわかりました。」と言って退室し、何ら抗議はしなかった。
(二) 丙沢巡査部長の行為の違法性について
本件被疑事件については、接見に関する通知が甲野検事から熱田署長宛になされており、このような場合、弁護人等において、事前に検察官等に連絡なく、監獄に直接赴いて接見の申し入れをすると、右申し入れを受けた留置担当者は、担当検察官に連絡して弁護人等と協議をしてもらい、担当検察官の接見指定に関する判断を仰ぐ運用となっている。
したがって、本件において、丙沢巡査部長が、事前の連絡なく直接熱田署留置管理室で即時の接見を申し入れた原告に対し、甲野検事との接見に関する協議をしてもらうよう要請した行為は、右運用に則ったものであり、違法ではない。
また、本件当時、事件が検察庁に送致された後は、捜査の統一の観点から、担当検査官において接見指定を行う運用となっている。丙沢巡査部長のように、接見指定について権限を有しない捜査官が弁護人等から接見の申し入れを受けた場合、右捜査官としては、権限を有する担当検察官に対し右申し入れがあったことを連絡し、その具体的措置について指示を仰ぐ等の手続を取る必要があり、こうした手続のために弁護人等が待機することになり、またそれだけ接見が遅れることがあったとしても、それが合理的な範囲内にとどまる限り許容されているのである。本件においても、丙沢巡査部長が、接見指定について判断権限を有する甲野検事に原告の接見の申し入れを取次ぎ、原告に甲野検事との協議を要請した行為は、それによる現実的な原告の接見の遅延が右合理的な範囲内にとどまるものとして、違法ではない。
(三) 丁山係長の行為の違法性について
原告は、丁山係長の求めに応じて、自ら任意に接見を終了したものであって、右丁山係長において強いて接見を中止させたものではないのであるから、丁山係長の右行為は違法ではない。
(四) 乙川警部の行為について
乙川警部は、甲野検事の意向を伝言として原告に伝えたに過ぎず、乙川警部の私的な判断に基づくものではない。
原告とXとの接見は、原告と甲野検事との間で接見について協議が成立していなかったにもかかわらず、丁山係長において右協議が成立しているものと誤信したために、誤って開始されたものであり、右のような留置管理事務上の過誤を防止するため、原告に対し、接見指定書による接見指定の運用に対する協力を要請することは、留置管理事務に関連する職務行為として違法ではない。
仮に、乙川警部の行為が違法であるとしても、右行為は、乙川警部の公務員としての職務行為ないし職務に関連した行為であるから、乙川警部個人には、右行為によって原告が被った損害を賠償する責任はない。
第三 証拠
本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 請求原因1の事実(当事者)については当事者間に争いがない。
二 請求原因2の事実(事実経過)のうち、Xに商法四九七条二項違反の容疑があったこと、一〇月二日、Xが原告とともに熱田署に出頭し、本件被疑事件で逮捕され、同署留置場に留置されたこと、原告が熱田署長に対し、弁護人選任届を提出したこと、一〇月四日、Xが熱田署代用監獄に勾留されたこと、原告が、一〇月三日、熱田署において一五分間、翌日、名古屋地方裁判所において二〇分間、Xと接見したこと、一〇月七日午前一一時五〇分ころ、原告が熱田署留置管理室を訪れ、Xの取調べを行っていた丙沢巡査部長に対し、Xに対する即時の接見を申し出たこと、正午過ぎに、丙沢巡査部長が甲野検事に電話をかけ、原告と甲野検事との間で話し合いが行われたこと、Xが、正午には、一号取調室における午前中の取調べを終了して留置場に戻っており、午後一時から引き続き取調べが予定されていたものの、面通し、引当て等の予定はなかったこと、近藤弁護士が留置管理室を訪れ、接見室で自ら受任にかかる他の被疑者との接見を開始したこと、午後〇時二〇分ころから、原告がXと接見を開始したが、その後丁山係長が原告に対し、接見の中止を求め、原告がこれに応じて接見室を出たこと、戊田警部補と丙沢巡査部長が、接見室から出て来た原告を熱田署刑事課の部屋に案内し、そこで乙川警部が原告に対し、甲野検事の伝言として、今後は接見指定書を持参して接見するよう申し入れたこと、以上の事実はいずれも当事者間に争いがない。
三 事実経過
そこで前記争いがない事実に、原本の存在及び成立に争いのない甲第二一号証、成立に争いのない甲第二三号証、乙ロ第一号証、被告甲野本人尋問の結果により成立を認める乙イ第四号証、証人丁山の証言により成立を認める乙イ第一ないし第三号証、同証人、証人丙沢、証人戊田の各証言、原告、被告甲野、被告乙川各本人尋問の結果を総合すると以下の事実が認められる。
1 昭和六一年一〇月当時、Xに対して、昭和五九年二月二三日ころ、名古屋市内の株式会社ノリタケカンパニーリミテドにおいて、同社役職員三名から、同月開催予定の同社の定時株主総会において株主権を行使するに際し、議事の円滑な進行に協力することの謝礼として、同社の計算において供与されるものであることを知りながら、現金一〇〇万円の供与を受けたという商法四九七条二項違反の容疑があり、右被疑事実について逮捕状が発布されていた。
2 原告は、一〇月始めころ、Xから本件被疑事件の弁護の依頼を受け、一〇月二日、既に逮捕状の発布されていたXとともに熱田署に出頭し、同日、Xは、本件被疑事件で通常逮捕され、同署留置場に留置された。
Xは、同月四日、代用監獄である熱田署に接見禁止付で勾留された。そこで担当の甲野検事は、同日、刑訴法三九条三項に基づく接見指定をすることが予想される事件として、接見に関する通知を熱田署長宛に送付した。
原告は、一〇月三日ころ、熱田署長に対し、弁護人選任届を提出した。原告は、一〇月三日に熱田署において一五分間、一〇月四日に名古屋地方裁判所において二〇分間、Xと接見した。
3 原告は、一〇月七日午前一一時五〇分ころ、担当の甲野検事に対して何らの事前連絡もしないまま、熱田署留置管理室に赴き、Xに対する即時の接見を申し出た。留置管理室係長である丁山係長は、そのとき留置関係書類の決裁のため、「不在の場合は一階受付へ。」と記載された貼り紙を残して留置管理室を空けており、他の留置管理係員も昼食等の配膳で席を外していたため、一号取調室でXに対する取調べの立会補助をしていた丙沢巡査部長が、原告の接見の申出を最初に受けた熱田署刑事課捜査二係福島主任から報告を受けて、留置管理室に向かい原告と応対した。
そこで原告は、改めて丙沢巡査部長に対し、Xの弁護人として、同人に対する即時の接見を申し出た。これに対し丙沢巡査部長は、本件被疑事件については、既に検察庁に送致され、さらに、接見に関する通知が送付されているので、接見指定権は担当検察官に専属し、弁護人等から接見の申し出があるときには担当検察官において接見指定の要件等について検討判断するとの運用が行われていたことから、原告に対し、Xは現在取調中である旨告げた上、「検察庁には寄ってきましたか。担当検事から指定書をもらってきていますか。」と尋ねたところ、原告は、「検察庁には寄っていないが、行かなければなりませんか。指定書は持っていないけれど、いらないでしょう。」と答え、さらに、取調べはいつ終わるのかと尋ねたので、丙沢巡査部長は、「正午から食事になりますので、そのころには取調べは終わると思います。」と答えると、原告は、「それじゃ、零時から二〇分でいいから、ちょっと接見頼みますよ。」と述べた。
ところで昼休み時間中の取調べについては、当時熱田署の留置管理規則上格別の規定はなかったが、事実上の運用としては、取調べを行ってはいなかった。また昼休み時間中の接見申し入れについては、留置側の態勢が整い、留置人の接見意思が確認されれば、応じる運用であった。
熱田署におけるXに対する取調べは、一〇月七日には、午前一〇時三〇分ころから同一一時一〇分ころまで、さらに、午前一一時三〇分ころから正午までの間、一号取調室において実施され、正午には、午前中の取調べが終わり、Xは留置場に戻っていた。当日は、午後一時から引き続き同室における取調べが予定されていたものの、面通し、引当て等の予定はなかった。
4 原告から前記のような申し入れを受けた丙沢巡査部長は、運用上、接見指定権を有していなかったので、「私には、分かりません。ちょっと上司や検事に聞きますので、しばらく待ってください。」と答えて、熱田署三階の本件被疑事件の捜査本部に行った。ところが捜査主任官の乙川警部が不在だったので、丙沢巡査部長は、捜査主任官補佐の戊田警部補に経過を報告した。右報告を受けた戊田警部補は、前記運用に従って、担当検察官である甲野検事に、接見指定の有無の確認等をした上その判断を仰ごうと名古屋地検に電話をかけたが、甲野検事は昼食のため席を外しており、応対した同検事の立会事務官が、「原告に対し、接見指定はしていない。早急に検事を捜して連絡するのでしばらく待ってほしい。」と述べ、戊田警部補はその旨丙沢巡査部長に伝えた。
そこで丙沢巡査部長は、正午ころ、留置管理室に戻り、原告に対し、「事務官が検事を捜して連絡するので、しばらく待ってください。」と告げたところ、原告は、「待たしておいていかんとは何事ですか。」などと言い、続けて、Xは取調中ではないから、接見指定の要件はないとして直ちに接見させるよう要求したので、丙沢巡査部長は、原告に接見指定権者である甲野検事と直接協議してもらうこととして、午後〇時三分過ぎころ、留置管理室から名古屋地検に電話をかけた。
5 甲野検事は、食事中で不在のため当初は検察事務官が応対したが、じきに席に戻ったので、立会事務官から電話を代わり、丙沢巡査部長から受話器を渡された原告との間で、午後〇時一〇分ころまで話し合いを行った。まず原告が、「Xの弁護人だが、熱田署に来ている。Xは、今午前中の取調べが終わって昼休中であるから、検察官の接見指定の要件はなく、直ちに接見したい。」と即時の接見を求めた。これに対し、甲野検事は、「接見指定の要件等を検討するため、警察に捜査状況を聞くので、しばらく待ってほしい。折り返し、留置あるいは捜査の方に連絡する。」と告げるとともに、「当庁では、事務上の過誤防止の観点から御承知のとおり指定書によって接見日時等を指定する運用を行っているので、協力をお願いしたい。」と申し入れたところ、原告は、「接見指定書の持参を要求することは違法である。そのような判例もある。私は訴訟で勝っている。」などと言って甲野検事の申し入れ等に反発し、これを受けて甲野検事は、「原告の事件については知っているが、最高裁に係属中で確定したわけではない。下級審の判例では書面指定の運用を是認しているものもある。」と応酬して、接見指定書による接見指定の運用に対してなお協力を求めたが、原告は、「最高裁で確定していなければ違法ではないのか。私に指定書を運ぶ義務はない。私は指定書の運び屋ではない。」等と反論し、結局原告と甲野検事との間で、接見指定書の受領及び持参をめぐって裁判例を挙げてのやりとりが数分間続き、互いに一方的にまくしたてるような状態のまま接見に関する合意もみずに午後〇時一〇分ころ、電話での話し合いは終わった。
電話が切れると、原告の傍らにいた丙沢巡査部長が話し合いの結果を尋ねたので、原告は、「検察官の方から何か連絡があるんじゃないですか。」と答えた。そこで、丙沢巡査部長は、そのころ丁山係長が留置管理室に戻るのを確認して、甲野検事からの連絡を待つために捜査本部に向かった。
6 ところで丙沢巡査部長が名古屋地検に電話をかける直前の午後〇時三分ころ、近藤弁護士が留置管理室を訪れたため、一旦丙沢巡査部長がこれに応対したが、まもなく決裁から戻った丁山係長に事務を引き継ぎ、近藤弁護士は、丁山係長の案内で、午後〇時五分ころから、同署に一つしかない接見室で自ら受任にかかる他の被疑者との接見を開始した。丁山係長が決裁から戻った際には、原告と甲野検事との間で電話による協議がなされている最中で、丁山係長は、原告が電話口で、「私は指定書の運び屋ではない。」等と言っているのを耳にしており、原告が電話で担当検事とXとの接見指定についての協議中であることを了解した。そして丁山係長が、近藤弁護士の接見の事務を取り扱い、接見室に案内して留置管理室に戻ったところ、原告と甲野検事の電話はすでに終了していた。丙沢巡査部長は、丁山係長が留置管理室に戻ったのを確認すると、丁山係長に原告と甲野検事との間の電話の内容については何も触れないまま捜査本部に向かい、留置管理室には丁山係長と原告が残った。原告は、丁山係長と、留置人の待遇等についての一般的な話をしながら、Xとの接見を実現するために、準抗告手続等を含めて今後の方策を思案していた。
7 ところが午後〇時一五分ころ、近藤弁護士が接見を終えて留置管理室に戻ってくると、丁山係長が、いきなり原告に対し、「先生、会っていかれますか。」と尋ねたので、原告はこれに応じて、午後〇時二〇分ころから、接見室においてXとの接見を開始した。
丁山係長がこのように原告に接見をさせたのは、さきに原告が甲野検事とXの接見について電話で協議をしているのを耳にし、丙沢巡査部長らから、その結果については何も聞いていなかったものの、原告が接見のために留置管理室に残っており、怒ったような様子もなく態度も落ち着いて見えたので、さきの電話で原告と甲野検事との間で接見指定に関する協議が成立し、接見指定権者である甲野検事が口頭で接見指定をし、原告が接見室が空くのを待っているものと誤信したからであった。
8 一方、原告の接見開始に先立つ午後〇時一五分ころ、甲野検事から捜査本部に、原告の弁護人選任届の提出の有無、Xに対する取調べの状況及び従前の原告とXの接見の状況及び取調べの予定等について電話による照会があり、戊田警部補は、すでに弁護人選任届けが出ていること、一〇月三日に原告が一五分間接見をしていることを報告し、取調べについては、午前中から取調べを行っており、現在は昼休中であること、引き続き午後も取調べの予定が入っているが、接見させることは差し支えない旨回答した。
そこで甲野検事は、午後の取調べ開始時間を確認はしなかったが、午後一時から取調べが再開される予定であると考え、無制約に原告の接見を認めたのでは、午後の取調べの再開に支障を来すおそれがあるとして、接見指定の要件があると判断した。そして当時名古量地検では、接見指定をする場合、原則として指定書により行う運用をしており、原告の事務所の位置を調べたところ、名古屋地検から比較的近く、事務所の事務員に指定書を取りに来てもらって熱田署に届けてもらうのであれば、原告に著しい負担をかけることもなく、また、本件の場合には、原告において直ちにXと接見しなければならない緊急の必要性も窺われなかったので、原則的な運用に則り、右のような方法による接見指定書による指定の方式をとることとし、接見時間については、事務員が指定書を受領・持参する時間を考慮して、午後一時から三時までの間の二〇分間と指定することとし、仮に、事務員による指定書の受領及び持参の方法が不可能であるならば、口頭指定によることも考えていた。また本件当時、接見交通に関しては、検察庁と弁護士会との間で意見が対立していたため、甲野検事は慎重な対応をする必要があると判断して、名古屋地検刑事部長に経過等を報告してその指導を仰いだ上、午後〇時三〇分ころ、熱田署捜査本部に電話をかけ、戊田警部補に対し、「本日午後一時から三時までの間の二〇分間を接見指定することとしたいので、その旨を原告に伝えてほしい。原告の事務所は検察庁の近くにあるので、事務員にでも指定書を取りにくるよう原告に話し、もしそれが不都合というなら、原告に直接私に電話するよう伝えてほしい。」と指示した。
9 戊田警部補と丙沢巡査部長は、甲野検事の意向を原告に伝えるため留置管理室に赴いたが、留置管理室に原告の姿はなかった。そして同室に残っていた丁山係長が丙沢巡査部長らに対し、検察官が原告に対して指定した接見時間は何分だったのかと尋ねたため、甲野検事の接見指定のないまま原告とXが、既に接見を開始していることが判明した。戊田警部補と丙沢巡査部長は事態の重大さに驚き、直ちに熱田署刑事課長で本件被疑事件の捜査主任官である乙川警部に対し、検察官との協議が成立していないのに、原告がXと接見をしていることを報告した。そこで乙川警部は、留置管理業務の責任者である袴田警務課長に電話をかけたが、連絡がつかなかったので、午後〇時三五分ころ、担当検察官である甲野検事に電話をかける一方、丁山係長を自席に呼び、原告が接見をするに至った事情の報告を聞きながら、これを甲野検事に伝えた。このとき丁山係長は、自分の誤解によって生じた事態の重大さに気付き、自分に対する処分を恐れて、乙川警部に対し、「近藤弁護士が接見を終えて留置管理室に戻って来ると、原告が接見室が空くのを待っていたかのように、『接見します。』と言って席を立ち接見室に入って行ったので、検察官から指定があったものと思って午後〇時二〇分ころから接見させた。」と報告したに止まり、丁山係長から原告に対して「先生、会っていかれますか。」と初めに声をかけたことは黙っていた。
10 乙川警部から報告を受けた甲野検事は、丁山係長から直接事実関係をさらに詳細に確かめることもなく、その報告どおりに事態が進行したものと考え、さきに原告に対して接見指定の要件等について検討するのでしばらく待ってほしいと申し入れたにもかかわらず、原告がこれを無視した上、「接見します。」と言って留置担当者の誤信を誘い、それに乗じて接見を開始したものと判断し、このような原告の行為は、検察官の接見指定権を妨害する不当な行為であることに加え、原告とXの接見が開始されてから、既に甲野検事において接見指定をしようとしていた接見時間に概ね見合う時間を経過していたので、中止を求めても実質的にも問題はないと判断して、乙川警部に対し、「既に接見させてしまった以上、そのことはやむを得ないが、既に一五分以上を経過しているので、終わってもらうように。」と言って接見の中止を求めるよう指示するとともに、「原告に対しては、このような事務上の過誤防止の観点からも、あらかじめ私に連絡を取った上、事務員に当庁に指定書を取りに来させるなどして指定書を持参してほしいと伝言願いたい。」と述べた。
11 これを受けて乙川警部は、丁山係長に対し原告に接見を中止してもらうよう指示するとともに、戊田警部補と丙沢巡査部長には、指定書の運用について甲野検事の意向を伝えるために原告を自席に呼ぶよう指示した。
右指示に従い、丁山係長は、午後〇時三五分すぎころ、接見室の扉をノックして開け、「先生、すぐ接見を中止してほしい。検事さんが指定書がないのに接見させることは許さないと言っている。」と言って、原告に対し、接見を直ちに中止するよう求めた。そこで原告は、Xに事情を簡単に説明して、接見室を出た。突然の事態に驚いたXは、本件被疑事件で起訴された場合には、何としてでも執行猶予付の裁判となることを希望していたこともあって、「先生、検事さんと喧嘩せんでください。」と原告に懇願した。
原告は、接見室を出た際、丁山係長があまりに憔悴した様子だったので、「上司に怒られたのか。」と声をかけた。
12 接見室を出ると、原告はそのまま戊田警部補及び丙沢巡査部長に熱田署刑事課の部屋に案内され、乙川警部の席の前の応接ソファーに座り、そこで、相対して座った乙川警部から、甲野検事からの伝言として、「このような事務上の過誤の防止のため、今後はあらかじめ検事に連絡を取った上、事務員に指定書を取りに来させて、指定書を持参してほしい。」と申し入れた。原告は、甲野検事の伝言であることを確認した上、格別に異を唱えることなく、熱田署を出た。
13 その後、熱田署刑事課では、戊田警部補及び丙沢巡査部長らが、取調べに当たっている他の捜査官に本件の経違を説明する等していたために、午後一時から予定されていたXの取調べの再開が遅れ、結局、Xは、午後一時四〇分に留置場を出て、午後六時一七分に戻るまで、一号取調室で取調べを受けた。
14 翌日Xの相弁護人仙谷由人弁護士が、翌々日には原告が、それぞれ接見指定書を検察庁で受領し、熱田署に持参する方式で、Xと接見した。Xは、原告が検察官等の捜査官と衝突して心証を害し、本件被疑事件の処理に悪影響が及ぶことをおそれ、原告に再三、捜査官との衝突を避けるよう依頼した。
以上の事実が認められるところ、まず前掲甲第二三号証及び原告本人尋問の結果中には、丙沢巡査部長が、原告からの接見申し入れに対して、当初、正午から原告とXとの接見を認める旨述べたとの部分があるが、前記認定のとおり、検察官に事件を送致した後には担当検察官が接見指定権を行使するとの運用が行われていたという当時の捜査実務のもとで、丙沢巡査部長が原告から接見の申し入れを受けて捜査本部に行き、報告を受けた戊田警部補が検察庁に電話をかけて接見指定について問い合わせたという右運用に沿った処理がされている事情に照らすと、丙沢巡査部長が接見の申し入れに対してその場で直ちに接見を認めるように述べたとは考えられず、これに反する証人丙沢の証言と対比すると採用できない。
また証人丁山の証言中には、丁山が接見の中止を求めるために接見室の扉をノックして開けると、丁山が何も言わないのに原告は荷物をまとめて接見室から出てきたとの部分がある。そして前記認定事実によれば、原告は丁山係長から接見をするか尋ねられたときに、それが接見指定の要件や具体的指定書をめぐって甲野検事と激しいやりとりをした直後のことであるだけに、その申し入れが甲野検事の接見指定に基づくものと理解したはずはないし、また当日の熱田署の職員らの対応からして、甲野検事の意向にかかわりなく司法警察職員が独自に接見指定をしたと理解していたとも考え難く、結局丁山係長の誤信などの何らかの手違いにより接見が実現することになったことを知り、あるいは容易にこれを知りえたものと推認されるから、その後丁山係長が接見中の原告を訪ねた時点では、それが接見の中断を求める目的であったことを直ちに了解しえたものと推認される。しかし原告は、接見を開始した時点ではXは取調中ではなく、このような場合には、接見指定の要件はなく、弁護人は自由に被疑者と接見できるとの立場に立っていたことは前記認定事実から明らかであり、そのような立場にある原告としては、たとえ捜査当局側の過誤によって接見が実現されたにせよ、何らその接見自体が違法不当なものではないと考えていたことは容易に推認されるところであるから、丁山係長が接見室を訪れるや、その理由も確かめることなく、また事情も分からないXに対して何の説明もせずに、直ちにそこから退散するような行動をとるものとは考えがたく、原告本人尋問の結果と対比すると、結局証人丁山の前記証言部分は採用できない。
その他前掲甲第二三号証及び原告本人尋問の結果中、前記認定に反する部分は前掲各証拠と対比し採用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
四 刑訴法三九条三項所定の「捜査のため必要があるとき」の解釈等について
1 憲法三四条前段は、何人も直ちに弁護人に依頼する権利を与えられなければ抑留・拘禁されることがないことを規定し、刑訴法三九条一項は、この趣旨に則り、身体の拘束を受けている被告人・被疑者は、立会人なしに弁護人等と接見することができる旨規定する。一方、弁護人等と被疑者との接見交通権と捜査の必要との調整を図るため、刑訴法三九条三項は、捜査のため必要があるときは、右接見等に関してその日時・場所・時間を指定することができる旨規定するが、弁護人等の接見交通権が憲法の保障に由来するものであることにかんがみれば、捜査機関のする右の接見等の日時等の指定は、あくまで必要やむを得ない例外的措置であって、被疑者が防御の準備をする権利を不当に制限することは許されるべきではない(同項但書)。したがって、捜査機関は、弁護人等から被疑者との接見の申出があったときは、原則として何時でも接見の機会を与えなければならないのであり、弁護人等と被疑者との接見を認めると捜査の中断による支障が顕著な場合には、弁護人等と協議してできる限り速やかな接見の日時等を指定し、被疑者が弁護人等と防御の準備をすることができるような措置を採るべきである(最高裁昭和五三年七月一〇日判決、民集三二巻五号八二〇頁)。
2 右にいう捜査の中断による支障が顕著な場合には、捜査機関が、弁護人等の接見等の申出を受けた時に、現に被疑者を取調中であるとか、実況見分、検証等に立ち会わせているというような場合だけでなく、間近い時に右取調べ等をする確実な予定があって、弁護人等の必要とする接見等を認めたのでは、右取調べ等が予定どおり開始できなくなるおそれがある場合も含むものと解すべきである。そして弁護人等の必要とする接見等を認めたのでは捜査機関の現在の取調べ等の進行に支障が生じたり又は間近い時に確実に予定している取調べ等の開始が妨げられるおそれがあることが判明した場合には、捜査機関は、直ちに接見等を認めることなく、弁護人等と協議の上、右取調べ等終了予定後における接見等の日時等を指定することができるのであるが、その場合でも、弁護人等ができるだけ速やかに接見等を開始することができ、かつ、その目的に応じた合理的な範囲内の時間を確保することができるように配慮すべきである。そのため、弁護人等から接見等の申出を受けた捜査機関は、直ちに、当該被疑者について申出時において現に実施している取調べ等の状況又はそれに間近い時における取調べ等の予定の有無を確認して具体的指定要件の存否を判断し、右合理的な接見等の時間との関連で、弁護人等の申出の日時等を認めることができないときは、改めて接見等の日時等を指定してこれを弁護人等に告知する義務があるというべきである(最高裁平成三年五月一〇日判決、民集四五巻五号九一九頁)。
なお弁護人等から接見等の申出を受けた者が接見等の指定につき権限のある捜査官(以下「権限のある捜査官」という。)でないため、接見指定要件の存否の判断ができないときは、権限のある捜査官に対し、右申出があったことを連絡し、その具体的措置について指示を受ける等の手続を採る必要があり、こうした手続を要することにより、弁護人等が待機することになり又はそれだけ接見が遅れることがあったとしても、それが合理的な範囲内にとどまる限り、許容されているものと解される(最高裁平成三年五月三一日判決、裁判集民事一六三号四七頁)。
3 そして接見指定の要件が存在する場合には、捜査機関が接見指定をする際いかなる方法を採るかは、その合理的裁量にゆだねられているものと解すべきであるから、電話などの口頭による指定をすることはもちろん、接見指定書の交付による方法も手続の明確化の観点から合理性を備えたものとして許されるものというべきであるが、その方法が著しく合理性を欠き、弁護人等と被疑者との迅速かつ円滑な接見交通が害される結果になるようなときには、それは違法なものとして許されない(前掲最高裁平成三年五月一〇日判決)。
五 甲野検事及び丙沢巡査部長による接見拒否の違法性について
1 丙沢巡査部長の接見指定の存否について
原告は、一〇月七日午前一一時五〇分ころ、丙沢巡査部長に対して接見を申し入れたところ、同巡査部長から、正午に終了する予定の取調べ後の接見指定を受けたと主張し、前掲甲第二三号証、原告本人尋問の結果中にはこれに沿う部分がある。しかし、前記認定のとおり、丙沢巡査部長は、原告から取調べ終了の予定時間を尋ねられたので、これを答えたに止まり、しかも当時事件が送検された後には接見指定の権限は担当検察官にあるものとして捜査実務が運用されていたため、原告からの接見指定の申し入れに対してはこれを捜査本部に、さらには担当検察官である甲野検事に取り次いでおり、自ら接見指定をする意思もなく、そのような指定の表明も認められないのであって、結局原告の主張に沿う前記証拠は採用できず、他に原告の右主張を認めるに足りる証拠はない。
したがって、丙沢巡査部長が原告に対して接見指定をしたことを前提とする原告の請求部分は理由がない。
2 甲野検事及び丙沢巡査部長が原告に直ちに接見を認めなかった措置について
捜査機関が弁護人等から接見の申出を受けたときは、刑訴法三九条三項に規定された接見指定権を行使するか否かについて検討し、判断することになるが、丙沢巡査部長のように、当時の捜査実務の運用上、接見指定の権限がないとされていた捜査官が、弁護人等から被疑者との接見等の申出を受けた場合には、接見指定につき権限のある捜査官である担当検察官に接見の申出を連絡し、連絡を受けた検察官において接見指定の要件の存否について、当該被疑者に対する取調べの状況等を把握した上検討、判断するという手続を経ることになる。もちろん、弁護人等の接見交通権の重要性にかんがみれば、右手続はできる限り速やかになされなければならないことはいうまでもないが、それが合理的な範囲内にとどまる限り、右手続を経ることによって、結果的に弁護人等が待機することになり又はそれだけ接見等が遅れることとなっても、これをもって、捜査機関の措置を違法と評価できないことは、前記のとおりであり、右接見申出にかかわった捜査官においては、その当時接見指定の要件が存在したか否かにかかわらず、右合理的な範囲内において前記手続を経れば足りるというべきである。
これを本件についてみるに、前記認定のとおり、丙沢巡査部長は、午前一一時五〇分ころ、原告から即時の接見の申出を受け、原告に対し未だ検察官の接見指定を受けていないことを確認した上、戊田警部補を経由して、直ちに権限ある捜査官である甲野検事に連絡をとるべく名古屋地検に電話をかけ、一旦は甲野検事が昼食中のため席を離れていて連絡がとれなかったものの、その後再び名古屋地検に電話をかけて原告の接見申出を取り次ぎ、午後〇時一〇分ころまでに原告と甲野検事との電話による協議を実現させ、一方、右申出を受けた甲野検事も、午後〇時一五分、原告からの電話による接見申出後、速やかに熱田署の本件被疑事件の捜査本部に電話をかけ、Xに対する取調べの状況等を把握し、名古屋地検刑事部長の指示も仰ぎながら接見指定の要件の存否等について検討判断し、午後〇時三〇分、その結果を捜査本部に連絡しているのである。右のような接見申出を受けた丙沢巡査部長及びその連絡を受けた権限のある捜査官である甲野検事が採った措置は、いずれも接見指定に関し、捜査機関として相当なものと判断できる。したがって、丙沢巡査部長が当初原告から接見申出を受けた午前一一時五〇分ころから、甲野検事が接見指定を告知するために熱田署の捜査本部に電話をかけた午後〇時三〇分ころまでの間に約四〇分の時間を要しているとはいっても、前記のような経過のもとにおいては、合理的な範囲内にとどまるものとして許容されると解される。したがってこの間、原告が熱田署において待機を余儀なくされ、Xとの接見が遅れたとしても、これをもって甲野検事及び丙沢巡査部長の採った措置が原告の弁護権を侵害する違法なものであるとは言えない。
よって、甲野検事及び丙沢巡査部長が原告とXとの接見を直ちに認めなかった措置が違法であることを前提とする原告の請求部分は、その他の点について判断するまでもなく理由がない。
六 甲野検事による接見中止の違法性について
1 前記認定のとおり、甲野検事が乙川警部に対して、原告とXとの接見の中止を求めるように指示した午後〇時三五分過ぎの時点においては、Xは原告と接見中であったとはいえ、午後一時から同人に対する取調べが再開される予定となっていたというのであるから、そのまま原告に接見を認めるとすれば、間近い午後一時から確実に予定されているXの取調べの開始が妨げられるおそれがあると判断することができるので、接見指定の要件は存在したと解せられる。ただXの取調べに当たっていた熱田署の捜査本部も、午後から取調べ予定があるとはいえ、接見自体は差し支えないとの意向を表明していたことは前記認定のとおりであり、被告甲野本人尋問の結果によれば、甲野検事も、接見指定書の受領及び持参の時間を考慮して、午後一時以降の時間の接見指定をしようと判断したにすぎず、原告が指定書による接見指定に応じなければ口頭指定も考慮していたもので、その場合には、午後一時までの間に接見させることには格別の支障はなく、直ちに接見させる意向であったことが認められる。そして前記認定のような経緯によるとはいえ、原告が現にXと接見中であり、かつ原告が甲野検事から接見指定書の受領及び持参の申し入れに応ずるとはまず考えられない本件においては、即時ないしそれに近い接見を認める場合には、接見指定書による接見指定の方法は著しく合理性を欠き、弁護人等と被疑者との迅速かつ円滑な接見交通を害すると言うべきであり、甲野検事が接見指定を行うにあたっては口頭による指定を行うべき場合にあたるものと解される。
そうしてみると、甲野検事が接見の中止を指示した時点においては、直ちに接見を開始し、それが午後一時から予定されている取調べの開始を妨げないような時間までに終了するように接見指定することは充分に可能であり、かつ捜査機関の側でもそのような接見が行われることには格別の支障はなかったわけである。したがって、甲野検事としては、原告に対し現在行われている接見を一旦中断させた上で、その接見の終了見込みについて確認し、午後一時からの取調べの開始に支障とならないように終了することができるかどうか、原告と接見に関する協議をした上、その終了見込みが午後からの取調べの開始の支障となるおそれがあると判断される場合には、終了時刻を午後からの取調べ開始前の時刻と指定するか、あるいは午後の取調べ終了後の時間を改めて接見時間として指定するなどの方法により接見時間の指定を行うなどして、適切に接見指定権を行使すべき義務があったというべきである。
しかるに、甲野検事は、このような措置に出ることなく、原告と接見についての協議をしようともせずに、乙川警部及び丁山係長を介して、直ちに原告とXとの接見を確定的に中止させたものであって、このような措置は、弁護人と被疑者との間の自由な接見交通権を侵害し、弁護人である原告の弁護権を妨害する違法な職務行為と評価せざるをえない。
2 これに対し、被告国及び被告甲野は、捜査機関は刑訴法三九条三項によって付与されている接見指定権の一内容として、接見指定の要件等を検討するのに必要な時間内において弁護人等の接見を認めないという措置も法的に許容されているところ、本件において、甲野検事が原告に対し、接見指定の要件等について検討判断するので暫時待つよう要請したにもかかわらず、原告が丁山係長の誤信に乗じて、Xとの接見を開始したものであって、原告の接見は、甲野検事の右接見指定権を妨害する不当な行為である旨主張する。
なるほど右被告らの主張するように、捜査機関において接見指定の要件等を検討するのに必要な時間内においては、弁護人等は被疑者との接見ができないという負担を受忍せざるをえないことは前記のとおりであるけれども、甲野検事が、原告の接見中止を指示した時点においては、すでに接見指定の要件等の検討を終え、接見の終期を別にすれば、即時の接見を口頭により指定する条件も整っていたのであるから、原告がXと接見するに至った前記認定の経緯を考慮しても、この時点で、原告との接見の終了見込み等に関する協議を経ることなく、直ちに原告とXとの接見を確定的に中止させることは、自由な接見交通権に対する例外的措置としての接見指定に関する権限を逸脱するものと言わざるを得ない。
勿論前記認定のとおり、原告は、Xと接見することができたのは、丁山係長の誤信その他の過誤によるものであることを知りまたは容易に知り得たのであるから、円滑な接見交通の実現を図る上で、接見指定時間を始めとする具体的な接見指定の有無等を確認することなく、直ちに接見に臨んだ原告の行動には相当性に欠けるところがあるとの謗りは免れず、そのことが甲野検事において原告が信義に反する行為をしたとして接見の中止を指示する原因となったことも否定できないのであるが、その接見開始は第一次的には捜査関係者側の過誤に起因するものであって、原告自身の積極的な欺罔行為などの違法不法な行為に基づくものとまでは評価できないのであるから、このような事情は原告の慰謝料算定の際の一事情となるにとどまり、甲野検事の責任を免ずる事由にまではなり得ないというべきである。
3 さらに被告国及び被告甲野は、甲野検事において乙川警部に対し、接見の中止を指示した午後〇時三五分過ぎにおいて、午後〇時二〇分ころから開始された原告とXとの接見は、既に一五分以上を経過しており、原告が当初丙沢巡査部長に申し入れ、また甲野検事においても指定しようとしていた接見時間である二〇分間に概ね見合う時間の接見を実現していたことから、接見を中止しても実質的に何ら問題はなかった旨主張する。
しかしながら、身柄の拘束を受けた被疑者と弁護人等との接見交通という性質に照らすと、特に終期が予定されずに接見が行われている場合には、突然に接見を中止させることは、それまでの接見時間が通常指定される接見時間や弁護人等の当初の申出時間に見合ったものであったにしても、申し入れにかかる接見の目的を十全に達していたものとまでは推認することができない。原告が、丁山係長から中止を求められた後に、特にこれに対して抗議や改めて接見の申し入れをした様子はないけれども、そのことから直ちに原告が接見の目的を達していたとまでは認めるには足りず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。結局原告が、Xと一五分以上の接見を実現していたことは、原告の慰謝料算定の際の一事情となるにとどまるというべきである。
4 以上の認定によれば、被告甲野が、乙川警部に指示して原告の接見を中止させたことは、その職務に関する違法な行為と言うべきである。
七 丁山係長が接見を中止させた行為について
前記認定のとおり、甲野検事が原告の接見を中止させた行為は違法と評価されるから、現にその中止をさせた丁山係長の行為も違法と評価せざるをえない。しかし、丁山係長は、権限のある捜査官である甲野検事の指示に基づいて、接見指定権限の発現と評価できる接見中止行為に及んだものであるから、特に丁山係長においてその違法性を知りまたは知りうべきであったことを認めることのできる証拠のない本件においては、丁山係長の行為が有責であるとまでは認められない。
したがって、丁山係長の行為が有責であることを前提とする原告の被告県に対する請求部分は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。
八 甲野検事及び乙川警部による接見指定書の受領及び持参要求行為について
接見指定の方式については、刑訴法三九条三項が特に規定していないことから、捜査機関が指定にあたってどのような方法を採るかは、その合理的裁量にゆだねられているものと解すべきことは前記のとおりである。したがって、甲野検事が原告に接見指定書の受領及び持参に協力するよう伝えるよう指示し、これに従って乙川警部が原告に対し接見指定書の受領及び持参に対する協力を要請したことは、接見指定の方式について捜査機関に与えられた裁量の範囲にある事柄についての協力を依頼したにすぎないから、これをもって原告に対する違法な行為であると評価することはできない。
したがって、甲野検事及び乙川警部の右行為が違法であることを前提とする原告の右被告らに対する請求は理由がない。
九 甲野検事の有責性について
刑訴法三九条三項の「捜査のため必要があるとき」に捜査機関の採るべき措置については前記四1のとおり解すべきであることは、前掲昭和五三年七月一〇日言渡しの最高裁判決及びその後の下級審判決によって、実務上確立した判断となっていたということができ、本件当時、接見業務に関与する公務員は右見解に従った判断、運用をなすべき義務があり、その義務に違反した場合には、少なくとも当該公務員には過失が認められるというべきである。しかるに前記認定のとおり、甲野検事は接見指定の要件が存在する場合の捜査機関として採るべき義務に違反したものであって過失を免れない。
なお、甲野検事が、原告の接見を中止させるように指示した時点においては、丁山係長が最初に「会っていかれますか。」と言ったため、原告がこれに応じて接見するに至ったという事情を知らず、むしろ原告の方から「接見します。」と言って留置担当者の誤信を誘発したために接見が開始されたという誤った情報が熱田署から提供されたことが、甲野検事において、原告の行動が不当であり中止させるべきであると判断した要因となっていることは前記認定の事実関係から窺うことができる。しかし、前記認定のとおり甲野検事は、原告が接見を開始するに至った詳細な経緯について、直接現場にいた丁山係長から事情を聴取し、事実関係を糺すことは容易であり、これを行っていれば正確な事実関係を把握することもあるいは可能であったのではないかと思われるのに、このような行動をとることなく、乙川警部からの報告をそのまま信用して、それ以上の事実関係の把握に努めなかったものであるから、甲野検事が前記のような誤信に陥ったことについては、過失がないとは言えない。さらに捜査の統一性を図るという観点から接見指定権を担当検察官に委ねている当時の捜査の運用状況から見ても、現に捜査を担当していた司法警察職員から誤った情報を得たことが、その接見指定権の行使を誤らせる一因となったにせよ、このことからただちに権限のある捜査官である担当検察官の行為に過失がなかったと認めることはできない。
よって、被告国は、原告に対し、国家賠償法一条一項に基づいて、甲野検事の職務上の右不法行為によって原告が被った損害について賠償する責任を免れない。
十 損害について
前記認定事実によれば、原告は甲野検事の不法行為により、Xとの接見を中止され、これによって弁護人の弁護活動としての十分な接見が阻害され、またその後の弁護活動においても、Xが原告に対し、検察官と衝突を起こさないよう再三懇願するようになるなど、Xとの間の信頼関係にも深刻な影響を及ぼすなどし、この結果弁護人として少なからず精神的苦痛を被ったことが認められる。
そこで、右違法行為の態様やそれに至る経緯及びその後の接見状況のほか、一方で原告が当日はそれなりの時間の接見をしたことや、本件のような事態の招来については原告の側にもその原因となるような事情があることその他本件に顕れた一切の事情を斟酌して、右精神的苦痛を慰謝するに足りる慰謝料の額は金三万円と認めるのが相当である。
十一 結論
よって、原告の本訴請求は、被告国に対し、金三万円及びこれに対する本件不法行為の日である昭和六一年一〇月七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、被告国に対するその余の請求並びに被告県、被告甲野及び被告乙川に対する請求はいずれも失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言及び同免脱宣言につき同法一九六条一項、三項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官永吉盛雄 裁判官佐藤陽一 裁判官菱田貴子は、転補のため、署名捺印することができない。裁判長裁判官永吉盛雄)